|
「クライヴ・ウィンスレットさん」 「はい?」 旅の途中、立ち寄ったブーツヒルの町。 偶然行商に来ていたリュックマンから旅に必要な品々を買い込んだ一同が、ヴァージニアの家へ向かおうとした所で、何故かリュックマンがクライヴを名指しで呼び止めた。しかも、フルネームである。 足を止めて振り向いたクライヴへ、リュックマンは背負った荷物のポケットから一通の手紙を取り出した。 「手紙を預かったんです。奥さんと、お嬢さんから」 クライヴが、文字通り眼鏡の向こうの瞳を丸くした。 「キャスリンとケイトリンから……ですか?」 「ええ。旅をしているご主人に手紙を届けるなら、私に頼むのが一番確実だとおっしゃって」 言いつつ、リュックマンは封書をクライヴへ手渡した。 表書きに書かれた名は、見慣れた彼の妻の文字である。 手紙はクライヴの一番身近な通信手段だ。しかし、それはもっぱら彼から家族への一方通行として使われていた。渡り鳥稼業の彼にとって、逆のルートの存在は予想もしていなかったのである。 よくよく考えてみれば、旅を続けるクライヴへ手紙を出すなら、リュックマンに運んで貰うことが一番手堅い手段だろう。 クライヴ達は旅先で彼に出会う機会があると、何かしら旅に必要な品物を購入しているのだ。多少の時間差はあっても確実に届くと思われた。 しかし、リュックマンが郵便配達を受けつけているという話は聞いたことがない。 おそらくキャスリンが無理を言って彼に依頼したのだろう。 「……えっと……そう、配達していただいたんですよね、おいくらですか?」 ぎこちない質問が意表を突かれたクライヴの心の内を物語っていたが、リュックマンは笑顔で手を振った。 「手紙一通なんて荷物のうちに入りませんよ、お気遣いなく。それに、お代ならもう受け取りました」 視線で問うクライヴへ、屈託のない笑みが返される。 「キャスリンさんにお弁当作っていただいたんですよ。これがとってもおいしくて。こんなお代がいただけるなら、いつでもお預かりしますよ」 「ありがとうございます。そんなふうに言っていただけると、家内も喜びます」 短い挨拶を交わして立ち去るリュックマンを見送り、クライヴは受け取った封筒を裏返してみた。 差出人の名を見た彼の表情に、驚きの色が浮かぶ。やがて、その中に嬉しそうな笑みが広がった。 一足遅れてヴァージニアの家に戻ったクライヴは、二階の客室に上がると、早速受け取った封書を丁寧に開封した。 中に収められていたのは、二通の手紙。 一通はキャスリンからの便りである。先日受け取った手紙の返事や最近起こった町での出来事が、彼女らしい落ち着いた文字で丁寧にしたためられていた。 そして、同封されているもう一通の手紙について。 ──どうしても、あなたに手紙を書きたいって言っていたの。 微笑む妻の姿が瞼に浮かび、クライヴもまた笑みを誘われた。 そうして、もう一通の手紙を開く。 こんにちは、おとうさん。おげんきですか? このあいだは、おてがみありがとう。うれしかったです。 ケイトリンもおてがみをかきたくて、おかあさんにそうだんしました。 いま、おかあさんにおしえてもらって、おてがみをかいてます。 きっとおとうさんもよろこんでくれるって。 それでね、いまは、おとうさんによんでもらったごほんをよんでいます。 ひとりじゃよめないから、おかあさんによみかたをおしえてもらっているの。 むずかしいことばがたくさんあるけど、 ごほんがひとりでよめるようになったら、おとうさんにきいてほしいな。 おてがみも、ひとりでかけるように、がんばるね。 おとうさん、かぜひかないでね。 またおてがみかきます。おへんじたのしみにしてますね。 拙い文字ながらも、その中に綴られた気持ちが伝わってくる。 ケイトリンが慣れない手つきで文字を書く所を想像しながら、クライヴは手紙を読み返した。 三度目を通した所で顔をあげると、彼は手紙を折りたたんで懐に収め、客間を後にする。 クライヴが向かったのは、この家の居間だった。 階上まで届いていた明るい声から想像した通り、ヴァージニア達が談笑している。 テーブルを囲み、温かな湯気の上る紅茶を前にくつろいでいた三人の元へ降りてきた彼に、ヴァージニアが声をかけた。 「クライヴ、手紙は読み終わったの?」 「ええ」 「愛妻と愛娘からの手紙で頬が緩みっぱなしだぜ」 からかい混じりのギャロウズへ照れ笑いを返し、クライヴはヴァージニアに問いかけた。 「ヴァージニア。ひとつ尋ねたいことがあるんですが」 「なあに?」 「この町に、子供向けの本を扱っている店はありますか?」 ヴァージニアが小首を傾げる。 「うーん。本を扱ってるお店はある事はあるけど、お料理とか魔獣対策とか畑作りとか、そういう実用書が多いから……ケイトリンちゃんへ?」 「ええ。最近自分で本を読み始めたらしいんですよ。それで、あの子が一人で読めそうな本を探したいんです」 ヴァージニアが目を輝かせた。 「じゃあ、私が昔読んでいた本はどう?あまりたくさんはないけど、今でも好きな面白いものがあるから」 喜色満面の彼女に、しかしクライヴが躊躇いを見せる。 「ですが、それはあなたの大切な本でしょう?」 ヴァージニアはにっこり笑う。 「好きな本だから、好きな人に読んで欲しいの。ケイトリンちゃんなら大歓迎よ。本だって、ずっと書棚に眠っているだけじゃもったいないでしょう?」 「ありがとう、ヴァージニア」 「じゃ、善は急げ!早速選びましょ。それからハンフリースピークへ直行ね。いい?」 居間を見回して呼びかけるヴァージニアに異議を唱える者はいない。 というわけで、彼らのリーダーと子煩悩な妻帯者スナイパーは、慌ただしく二階の一室へと姿を消したのである。 それまで元気良く話していたヴァージニアがクライヴと共に部屋を出ていくと、静けさがやけに耳をつくように感じられた。 台風一過。 何とはなしに、そんな言葉がジェットの脳裏に浮かぶ。 「相変わらずだよな、ウチのリーダーは」 楽しそうに笑うギャロウズに応じるつもりはなかったが、彼女が去っていった階段を眺めていたジェットは、珍しく言葉を紡ぐ。 「だからあいつなんだろ」 思った事をそのまま口にしてしまったのだが、妙な視線を感じた彼はちらとそちらに目を向けた。 ギャロウズが興味深げにジェットを見ている。 その口元がしっかり笑みを形作っていることに気づくや、ジェットの顔が不機嫌な表情にすり替わった。 そして、彼は無造作にテーブルのカップを取ると、あらぬ方を向いたまま、まだ湯気の立つ紅茶を一息に飲み干したのである。 ヴァージニアから二冊の本を譲り受けたクライヴは、その夜、家族へ宛てた手紙をしたためていた。 思いがけず知ることの出来た、手紙を受け取る喜びに、自然と頬が緩む。 この気持ちを、どれだけ手紙にこめることができるだろうか。 キャスリンやケイトリンの顔を思い浮かべながら、クライヴは長い手紙を綴り終えると、静かにペンを置いた。 二人からの手紙を楽しみにしている、という文章を、末尾に添えて。 ──fin |