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バァン!! 広々とした、草木のひとつもないような荒野に今日も銃声が響き渡る。 モンスターは昼夜を問わず徘徊し、そして、人を襲う。 人々はモンスターを恐れ、荒廃する世界を目の当たりにするのを恐れ、町からは殆ど出ない。 荒野の中にポツリポツリと配置される小さな町に閉じこもり、そこでせめてもの幸せを探すのである。 その中でその町というチームを出、荒野へと飛び出していく者もいた。 『渡り鳥』と呼ばれる彼らが代表格、他にも商人や研究者など。 けれど現れたモンスターに向け弾丸を放ち、対する必要があるのは『渡り鳥』である。 バァン!!! 再び銃声が響いた。 「なかなか・・・手ごわかったですね。」 クライヴが呟くように、また確認するように言う。 「そうね。やっぱり強くなってきてるのかな。」 ヴァージニアが彼の言葉を継いで頷くと、ギャロウズやジェットも神妙な顔で目の前に残ったモンスターの残骸を見た。 ギャアギャアと鳴き散らす鴉の声がひどく耳障りだ。この死骸を狙っているのだろうか。 自分たちの実力も確かに上がっている筈。 けれど対する敵は? 徐々に徐々に強くなっている。『町』という守られた環境だっていつまで続くものだろう? 『町』という環境が崩された場合、それを考えることを一番恐ろしく思っているのはクライヴだろう。 大切な家族―キャスリンやケイトリン、を連れてできる旅ではない。 『町』という場所に置いてくることが安全である限りは安心していられるが・・・もしそれが壊れたら? ふぅ、と溜め息をついてロングライフルを持ち直すクライヴを横目で見、ヴァージニアがこう提案したのは彼の胸にある不安を分かっていたからであった。 「ねぇ、せっかく近くまで来たんだもの。ハンフリースピークへ寄っていきましょう。」 ハンフリースピーク。 荒廃した世界で、まだ一条の光を見出すことが出来る町である。 しかし実態は決して明るいものではなかったが。 いつもと変わらず暖かかった。いつもと変わらず。 だがクライヴはなぜか恐ろしく不安な気持ちになった。 ヴァージニアの提案を受け、ギャロウズやジェットも賛同したことから向かったハンフリースピーク。 近頃のモンスターが力をつけている、ということから生まれた心配を元気な二人の顔を見て取り払おう、そう考えていたのに。 町に一歩足を踏み入れた瞬間に、説明の出来ない『何か』を感じた。 『イヤな予感』とでも言うのだろうか。 「オイ、どうした?顔色悪いぜ?」 ギャロウズが横から顔を覗き込む。 いつもなら町に入れば足早に青い屋根の家へ向かうのだが、今日に限り、クライヴ本人の足が止まってしまっている。しかもまだ町に入って数歩と進まないところで、だった。 「どうかしたの?」 ヴァージニアも尋ねるが、クライヴを軽く頭を左右に振るといつもの笑顔を作った。 「何でもありませんよ。」 そう答えて、先へ足を進める。進み始めると今度は早足だ。 3人は顔を見合わせて首をかしげ後に続く。 基本的に直感や本能といったもの、そういったものに頼ってはいなかった。 なぜ、今回に限りこんなに『イヤな予感』という言葉が浮かぶのだろう。 クライヴは足早に自分の家の扉の前に立ち、そしてドアを開け放つ。 同時に大切な、大切な妻と娘の名を呼んだ。 「お父さん!帰ってきてくれたの?」 「お帰りなさい、あなた。」 そういって何時ものように迎えてくれるはずの、その笑顔はそこにはなく、閑散とした部屋は冷たく感じられた。少しだけ送れて残りの3人もやってくる。 「あら?キャスリンさんとケイトリンちゃんはいないの?お買い物かな・・・?」 居間を覗いてヴァージニアが声を発する。 その声も聞こえていないように、というかヴァージニアたちが来たことにも気づいていないように急いでベッドルームへと向かう。 とにかく早くキャスリンとケイトリンの元気な顔を見たかった。 漠然とした不安に押しつぶされてしまいそうな気がして。 まるで自分たちの存在に気づいていないかのようにベッドルームに飛び込んだクライヴの後を追ってまずギャロウズが部屋へ入った。 「おい、なんだってんだ、さっきから。おかしいぞ?」 わざと少し茶化すように言ってみるが反応はない。 「おい・・・?」 目をクライヴのほうへ向けると、その彼の手が一枚の紙片を持っていることに気づいた。 両手で小さな紙切れを持ち、読み、立ち尽くしている。その手は微かに震えているようにも思えた。 ギャロウズに続きベッドルームに入り、その横に並んだジェットと、ギャロウズは眼を交し合う。 一歩後ろにいるヴァージニアも只事ではないと悟ったはずだった。 一瞬でそう悟れてしまうほどにクライヴは険しい顔をしていたし、その顔色は蒼白だった。 「なんて書いてあるんだ?」 ゆっくりとクライヴに歩み寄りながら、手を伸ばす。 クライヴは少し驚いたように伸ばされた手を、掌を見つめ、やっとギャロウズの存在に気づいたように、ギャロウズの顔を見上げ、そしてその手に紙切れを乗せた。 その動作はひどく不安げで、弱弱しく感じられた。 「・・・なんっだよ、これ!」 紙切れに走り書きされた汚い文字を読み取り、ギャロウズは声を上げた。 ヴァージニアとジェットも横から覗き、その短い文章の意味するところを知る。 【キャスリンとケイトリンは預かった。返して欲しくば宵の城まで来い。】 謎の単語も含まれてはいるが、これは誘拐、というものである。 しかもどう考えてもこの手紙はクライヴ個人に宛てている。 渡り鳥として、旅をしているクライヴ個人に宛てて。 いつ帰れるかなど、本人にだって分からないというのに。 「悪戯、じゃねぇのか?」 黙ってしまった面々に溜め息をついてジェットが声を発する。 「でも、現に2人はいないじゃないですか・・・!」 「それにキャスリンさんやケイトリンちゃんが自分でこんなことするなんて思えない。 誰かがこの家のこの場所にこの紙を置いたんだもの。その時点で大問題よね。」 「悪戯の可能性は薄い、か。」 「この宵の城って言うのはわかんのか?」 ギャロウズが紙切れのそれを指差し、問う。 「宵の城というのは・・・この町から出て東へ向かったところにあるドーム上の遺跡です。 まだモンスターが弱かったころは町の小さな宴会場のように使われていました。」 「【宵の城】って呼んでんのはここの連中だけか?」 「・・・そうだと思います。たぶん正式には名前も知られないような何もないところですから。」 「これが良かったといえることなのかは知らないが、今回はあいつらの仕業じゃないわけだな。」 「あいつら・・・って預言者か?」 「決まってんだろ。宵の城って名前を理解できんのがここの人間だけなら預言者の奴らは除外できんじゃねぇのか。」 ジェットの言葉にギャロウズも、そうだな、と賛同した。 「心当たりはないの?」 ヴァージニアはそっとクライヴに近づき、ゆっくりと背中を押してベッドに腰掛けさせた。 そしてその向かい側に自分も腰掛ける。 「・・・宵の城はこの町の住人であれば。けれど、僕がいつ戻るかを知っている人物なんて・・・。」 「そうよね・・・今回だって私の思い付きみたいなものだったし。クライヴが渡り鳥をしていることを知らない人は?」 「この町にそんな人はいません。みんな知っている筈です。小さな街ですからある程度のことは・・・。」 また静かになる。 「それこそ鳥にでも聞かなきゃ無理ってか。」 ギャロウズが揶揄して呟く。しばらくの静寂の後クライヴが勢いよく頭を持ち上げた。 「鳥!それです!!」 立ち上がり、急いでライフルに手を伸ばす。今にも飛び出そうとするクライヴを押しとどめた。 「ちょっと待てよ!どういうことだ!!?」 「説明している暇がありません!!」 聴いたこともないような切羽詰った声での拒絶。 「クライヴ!宵の城へ行くのね?私も行くわ。」 「ヴァージニア、あなたには関係のないことですよ。これは渡り鳥としてではない、僕の問題ですから。」 「でも私はキャスリンさんやケイトリンちゃんを知っているの。大切な、お姉さんと妹みたいな人たちだもの。何か手伝えることがあるかもしれない。ここで待っているなんて出来ないよ。」 沈黙のもとクライヴとヴァージニアは視線を交わす。折れたのはクライヴだった。少しだけの笑顔とともに。その笑顔は疲れたような、作ったような笑顔ではあったけれど。 「分かりました、説明は向かいがてら話します。宵の城までは少しありますから。」 「んじゃあ行くとしますか。」 ギャロウズが立ち上がり、仕方ないといった風にジェットも立ち上がる。 「リーダーが行くならチームの仕事だしな。キャスリンさんにはいつもうまい飯ご馳走になってるし。」 ギャロウズは器用に片眼を瞑り、クライヴに笑いかけた。 ジェットも仏頂面のまま、けれどいつもの様に無益なことはしないなど言う気はないようだった。 「ありがとうございます。」 クライヴは一瞬足を止め、振り返らぬままに小さく言った。 町から出て、荒野を歩く。その途中でクライヴから先ほどのことについて説明を受けた。 長い長い、話。 「昔、といっても5年ほど前のことでしょうか。ずいぶん前のことのように思えますが・・・。 ハンフリースピークで僕とキャスリン、そしてまだ生まれたばかりだったケイトリンは3人の生活を始めました。その頃はまだ結婚したばかりでしたし、ケイトリンも赤ん坊だったので、渡り鳥をしてはいましたが、少し旅に出ては戻り、極力、家にいるようにしていたんですよ。 町の人は今も昔も変わらず友好的で、僕が旅に出ている間もよく家を訪ねてくれていたようです。 その町民の中に『クロウ・ヴュー』という渡り鳥がいました。たぶん偽名だと思います。 けれどそんなこと誰も気にはかけなかった。クロウはとても頭が良く、気が回る人間でした。 そんな彼を誰もが尊敬していた。 彼には妻と、ケイトリンと同じくらいの年の娘がいたんです。 クロウの奥さんとキャスリンはすぐに仲良くなり、よく家を行き来していました。 クロウや僕が旅に出ているときは互いの家でしばらく一緒に暮らしたりしていたようです。 クロウと僕も必然的によく話すようになり、・・・友人、と呼べた人だったと思います。 それも、素晴らしい、ですね・・・。」 そこまで話し、少し感慨深げに眼を伏せると、またクライヴは話し始めた。 「ある日のことでした。 クロウも僕も出払っていたのですが・・・クロウの娘さんが熱を出したんだそうです。 そして彼の奥さんは医者に見せようと町を出た。 モンスターよけのお守り程度は身につけていたそうですが、気休めにしかならないものです。それでもその当時なら命まで落とすことにはならないはずだった。 たとえ熱のある赤ん坊を抱いた母親であったとしても。それほどここらのモンスターの力なんて知れたものだったんです。 けれど、その日は風が強く・・・視界が不明瞭だったんでしょう。 クロウの奥さんはモンスターに襲われ足を滑らせて崖から落ち、帰らぬ人となられました。 それを僕が知ったのは、・・・クロウが知ったのはもちろん旅から戻ってからです。 クロウは悲しみ、怒り、狂いました。町の男性を独り、殺しました。 そして・・・そのまま町を出て、帰ってくることはなかった。」 長い話を再び切ってクライヴは溜め息をついた。 「・・・そいつが、今回の?」 「ええ、僕はそうだと思うんですが。そもそも宵の城を見つけ名づけたのは彼であったということですし・・・。それにクロウ・ヴューは銃を持たない渡り鳥だったんです。」 「銃を持たない・・・?」 「そうです。まぁ、簡易のピストルのようなものなら持っていたようですけど。殺傷力のあるものは持っていませんでした。彼の武器は鳥・・・鴉です。」 「鴉!!?」 「彼は鴉を自在に操りました。どういう仕組みなのかは教えてもらえませんでしたが、サーカスなんかで犬や像を操る人がいるじゃないですか。あのようなものか、と。クロウは木の笛で、まさしく自由に操ることが出来た。それによって敵を回避し、時にはそれを武器としていたようです。言葉も理解していたようでした。」 鴉を操る、そう聞けば何となくこの話が分かった。この劣悪な環境下の荒野でその存在を誇示することの出来る生物などモンスターと鴉の類くらいである。 突如。 「モンスターだ!!」 ジェットが一声叫ぶと、クライヴの話を反芻していたヴァージニア、ギャロウズ、そして何を思っていたのか俯いていたクライヴはほぼ条件反射的に銃に手を伸ばしていた。 いつもの獣系のモンスターである。ヴァージニアたちの力を持ってすれば確実に倒せる。 しかし如何せん数が多すぎる。独り頭5匹以上倒さなければならない状況だった。 時間が・・・!! クライヴのその焦りを読み取り一番近くにいたギャロウズがジリジリと敵を蹴散らしながらクライヴに近寄り、手の届く距離になった所でその背を強く押し出した。 「ッ!ギャロウズ!!?」 驚いたクライヴが振り返るが、ギャロウズはそれ所ではない。クライヴのほうへ向かおうとするモンスターと自分を襲おうとするモンスター両方を押しとどめるので精一杯だ。 「先に行け!!!」 ギャロウズが叫ぶと銃を構えたっているジェットやヴァージニアも頷いた。 「・・・・・・!!!すみません!!!」 ガッと手綱を取り、馬を走らせる。以前町で一騒ぎしに宵の城へ連れて行かれたときは徒歩だった。 けれどこんなに遠くは感じなかった。 早く、早く、早く、早く! 気持ちばかりが焦っていく。 やっと到着した遺跡は町の人々と来た時より5年で寂れたように思えた。 ドーム状の丸く平たい屋根の上に大量のカラスが泣きわめいているのが余計に寂寥感をあおる。 これが立った5年前町の人々と語り合い、酒を飲みあい、笑いあった『城』だろうか。 宵の城はもうそう呼ばれる意味をなくしているようだ。 馬から降り、威嚇するように睨み付けてくる鴉を無視して、ドームの入口を探す。 「このへんでしたか・・・ね、っと!」 ドームの何もないようなレンガ造りの壁はそのレンガのラインに沿って扉がある。 これを発見したのもクロウだったと聞いたか。 少しだけへこんだくぼみに指を書ければあんがい簡単に開く。女性や子供の手でも普通に開けられる。ヴァージニアたちにも分かるよう、ポケットから青いハンカチを取り出し扉を閉めるとき、一緒にはさんでおいた。これで遠目から見てもはためいているのが分かるはず。 クロウのいる場所は探すまでもない。 ドーム状の遺跡の中身は見た目より正にドームで、ただぐるりと大きく囲まれただけの広場だ。 コロシアムでもあったのだろう、と研究者は言う。 余りに何もないので、研究の対象としては有名にならなかったのが宵の城だ。 「いるのでしょう?出てきてください、クロウ・ヴュー!!」 姿のない敵に、一声かける。カラスの鳴く声が五月蝿くて届いたかは定かでなかった。 しかしその直後ぴたりとその騒音にも似たカラスの声が止まった。 まるで主人の帰りを神妙な顔で迎える忠犬のように。 「久しぶりだな、クライヴ・ウィンスレット。」 その声は低くしわがれていた。声のほうへ眼をやるといつ現れたのだろう、骨と皮ばかりのやつれた老人がそこに立っていた。両肩に乗ったカラスがひどく重そうで不釣合いだ。 クライヴは驚いた。 おかしい。鴉を自在に操る能力など持つ人間はクロウ以外にいないだろうと思っている。 しかし5年前のクロウ・ヴューはまるであんなふうではなかった。 クライヴと同じような年で、凛々しく、意志の強さがそのまま顔に出たような精悍な青年であった。 だからこそ、家族が死にその眼に凶器を宿したときは町中が恐れたのだ。 こんな枯れ木のような老人を気味が悪いという以外の理由で誰が遠ざけるだろう。老人の眼はあの時のクロウのような凶器を持ち、赤く、どんよりと濁っていた。性別も分からない。 気味が悪い、それは老人に対してというよりはソノモノに対して。 「何を驚いた顔をしている?忘れてしまったのか?俺だ、クロウ・ヴューだ。」 「・・・クロウ・ヴュー・・・本当に?」 「なんだ?俺がクロウ・ヴューでなければ誰がそうだというんだよ。少しおかしいんじゃないのか、クライヴ。覚えているだろう、二人ここで家族のことを語り合ったのを!それとも懐かしい出会いの喜びに声が出ないのか?」 老人には不似合いの口調は、だが、声の掠れたそれではクロウを思い起こすことなど出来なかった。 「貴方は・・・本当にクロウ・ヴューなんですね?」 確認のようにクライヴが尋ねると、老人―クロウは鷹揚に頷いた。その表情は笑っているようであり、怒っているようでもあった。 「では・・・クロウ、キャスリンとケイトリンはどこですか?無事、でしょうね?」 表情を驚きのものから厳しいものに変えて、問いただすような威圧感をだす。 「まったく、久しぶりの友人に会ったというのにまずそれか!ああ、2人は無事だ、今のところ。姿が見たいか?ここにいる。」 そういってクロウがボロボロの靴の踵で崩れかかった床をノックすると、どういう仕組みか床の一部分が両側に別れて地下室のようなものが開いた。そこからさらに石造りの床となるようなものが徐々に上がってくる。その上に2人はいた。手も縛られてはいないし、口もふさがれてはいない。 だが鴉にぐるりと周りを囲まれて辛そうに表情を歪めていた。当たり前だ。十数匹の鴉とともに地下の狭いスペースに押し込められれば丸一日もあれば死にはしなくとも、発狂してしまう。 「キャスリン!!ケイトリン!!」 駆け寄ろうとするが、クロウの一瞥で足は止められた。 悔しいが、今あの二人の命はクロウによって握られている。それは間違いのない事実だった。 しかしそのクライヴの声で彼が来ていることに気が付いたキャスリンとケイトリンは、青ざめた頬に喜びの笑顔を浮かべた。これで、大丈夫だと。信じている。夫を、父親を心から信じている。 「あなた、来てくれたのね・・・!」 「お父さん!!!」 鴉の数羽が羽をばたつかせ明るい声を出した2人を諫めた。小さく声を上げ二人はまた黙る。 だがそのクライヴを信頼しきった様子がクロウは気に入らなかったらしい。 先ほどまでの少しふざけた様な様子は消え、眉を不愉快そうに中央に寄せた。 「なぁ、クライヴ。なんだってこの俺と会うのにそんな物騒なものを持っているんだ。昔語り合った時には2人とも丸腰で、互いに信頼しきっていたじゃないか。今更、だろう?捨ててくれよそんなもの。」 さっきまでとは明らかに違う、かすれた声は変わらないがどこかに絶対の強制力を秘めた声。 「クロウ・ヴュー・・・キャスリンとケイトリンを放してください。」 低い声でのクライヴの要求にも彼は答えない。 「銃を降ろしてくれと、俺が、頼んでいるんだ。出ないと俺の鴉が怯えて、この硬い嘴で・・・!!」 アハハハハと狂ったように、―いや、実際に狂っているのだろう―笑うと、カラスの一羽に目をやる。鴉はギャアと一鳴きし、ケイトリンのほうへ首を動かした。ケイトリンは泣きそうに顔を歪め、キャスリンが確りとその幼い体を抱いてやる。 「やめなさい!!!」 「だろ?イヤなんだろ?なら、それを降ろせ。」 ガシャンっ、と彼の身長に近い長さのある銃が床に投げ出された。 「足で、蹴って。手の届かないくらい、遠くに。」 眼をクロウから離さないまま、ロングライフルを床の上を滑らすように遠くへやる。 「これで満足でしょう。2人を放してください。」 クライヴが必死で冷静を装って言うと、要求どおりに動いたクライヴがむしろ気に入らないとでも言うようにクロウは鼻を鳴らす。 「馬鹿じゃないのか、お前は。それとも俺の鴉を馬鹿にしているのか。銃なんかよりよっぽど強力な力を持ってる!気に入らない。気に入らない!!彼女も・・・あの子も死んだのに!なぜこいつらは生きているんだよ!!!」 大声で喚き、叫び、そしてロングライフルの側へ駆け寄った。 クライヴはそれを見ても人質の2人の近くにいる鴉のせいで動くことが出来ない。 「殺してやろうか、お前の武器で、お前の最愛の人をさぁ!きっと俺の気持ちが分かる!!」 ロングライフルをキャスリンの頭のほうへ突きつける。 キャスリンはそちらの状況を知りながら必死でそちらを見ないようにしていた。 ケイトリンの頭を強く胸元に押さえ込み彼女にも分からないようにしている。 「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」 楽しくてたまらないという風に笑うと、引き金に手をかける。 「その銃はアームですよ、訓練なしでは撃てない!暴発する恐れもあります!」 「誰にモノを言ってるんだ?それとも時間かせぎか?俺は、クロウ・ヴューだ。不可能はないよ。」 そんなはずはない。本当なら。 けれどクロウ・ヴューは出来てしまう。そんな気がした。彼ならば。 それに彼は幾度かクライヴがあの銃を操るのを見ている。銃に触れたこともある。 初撃にしてはずいぶんと条件がいい。 「恨むなら、君らの一番信頼していたあいつを恨むんだなァ!!」 どこかで聴いたことのありそうな言葉を叫んで。 バァン!!!! 銃声が響いた。キャスリンとケイトリンは眼を瞑り、恐怖に耐える。 しかし何も、起こらない。衝撃が、ない。 「大丈夫!?クライヴ!!」 ヴァージニア、ジェット、ギャロウズだった。 ジェットの放った弾丸がクロウの手の甲を掠り、クロウは銃を取り落としたのだ。 「なっ!何だ、お前らは!」 「なんだ、といわれてもなぁ・・・仲間といったら信じるか?」 ギャロウズが返す。しかしその返事も聞こえなかったようにクロウは叫ぶ。 「タイミングが良すぎる!貴様、クライヴ!知っていたな!!知っていたのだな、こいつらが着ていたことを!!」 「・・・知っていました。あなたがまったく気づかない様子だったので利用させてもらいましたよ。動かないで下さい。鴉もです。少しでも動けば、彼らはいつでもあなたを撃てる。」 冷たい、凍りついたような声で、そう言い放ち、クロウに近づき、足元に落ちた銃を手に取り戻し、その口をクロウに向けた。 「鴉をすべてここから出してください。早く。」 その迫力に震え上がったクロウはピィッと木の笛で高い音を出しカラスたちに合図を送った。 カラスたちはそれを聞いたと同時には音を立ててドームの天上に空いた隙間から飛び出していく。 「こ、これでいいだろう!!もう、銃を下ろしてくれ、頼むよ、クライヴ!!」 態度の急変し、泣き喚くクロウを冷ややかに一瞥し、擦り寄ってくるその手を汚いものでも払うようにライフルで跳ね除ける。 そして崩れたクロウの腕を強く踏みつけた。5年、この暗い宵の城で独りの生活を続け、狂った彼は老人の姿である。クライヴが後少し力を加えればきっと折れてしまう。 クロウはもうただの弱った老人だった。 苦痛の声を上げ、だが抗うことはできずに、クライヴを見上げ睨み付ける。クライヴはその視線も受け流し、無表情のまま足を腕からのける。 クロウがほっとした表情を浮かべたのを見るや、今度は腹の辺りに蹴りを入れる。 本気ですれば死んでしまったろう。力加減はしていたことが分かる。 けれど。クロウはもう立ち上がることも出来ない。 「キャスリンと、ケイトリンに、手を出すのだけは許さない。絶対に・・・。」 クロウにだけ聞こえるような声だったはずがドームに反響して誰の耳にも届いた。 そしてそのクライヴらしからぬ拷問にも似た行為に納得がいったのだ。 自分ひとりの力では、家族を助けられなかっただろうことをクライヴは悔いている。そんな自分を許せないと思っている。そしてそれをクロウを痛めつけることで、無意識に清算しようとしているのだ。 「クライヴ、もうやめて。死んじゃうわ。きっとあなたが後悔する。」 自分にそんなことを言う資格があるのか、と思いながらヴァージニアも止めずにはいられない。 無表情にクロウに暴力を振るうクライヴの眼が冷たすぎて。哀しすぎて。 だが、クライヴは何も言わず、ライフルをクロウの足に向けた。 胸ではなく、足に。苦痛を与えるためだけに。 銃声は聞こえなかった。クライヴは銃を持ち上げた状態で、固まっていた。 「お父さん!」 ケイトリンがキャスリンの腕から逃れて、父親に抱きついたのだ。 もちろん身長差でケイトリンが必死に両手を回しても腰にしがみ付く程度にしかならない。 しかし、見たことのない父の姿に怯えながらも必死で手を回すケイトリンの姿はクライヴを正気に戻すには充分だった。 泣いているケイトリンの腕をそっとはずし、しゃがんで目が合うようにすると、 「ごめんね、恐かったね。・・・ごめんね。」 と困ったように笑い、繰り返し謝った。 キャスリンも近づいてきて、ケイトリンの背に立つ。 いつもの様子の父親にケイトリンは泣き止み、にっこり笑い両手を広げる。 クライヴもいつものようにその手を取って抱き上げてやった。 そして、転がったまま起き上がらないクロウを見る。苦しげな息をついていることが辛うじて死んではいない事を示していた。 クライヴの静止も聞かずキャスリンがそっとクロウに近づく。 「クロウ・・・このお守りを渡しておきますね。これは彼女があなたが戻った時、持たせようと作っていたものです。町の人々はもう誰もここへは来ませんから・・・ここで静かに余生を過ごしてください。」 床にうつ伏せ、動かないクロウの色の悪い手に綺麗な赤いお守りを握らせ、優しく言葉をかけた。 これからも独りで、というのはある意味、酷かもしれない。 だが、もう彼は戻れない。 ならせめて。居場所を、嘘でもいいから居場所を与えてあげたかった。 クロウは返事をしなかったが、俯いたまますすり泣いているようだった。 + 「本当に、すみませんでした。」 キャスリンとケイトリンは驚いてその姿を見ている。頭を深々と下げ、ただ謝るクライヴを。 あのあと、一向はキャスリンとケイトリンをつれ、ハンフリースピークへ戻った。 そしてウィンスレット家に入り、居間に腰を降ろし、その中クライヴだけが戸の前に立ったまま。キャスリンが席を進め、それに答えずに頭を下げたのである。 ヴァージニアたちは邪魔にならないようにと息を潜めて事の成り行きを見守っている。 「あなた、顔を上げてください。ケイトリンが驚いてしまうわ。」 ゆっくりをクライヴに近寄り、顔を上げさせると、ね?という風にキャスリンが笑みかける。 「・・・僕一人では、きっと助けきらなかった。その後も・・・クロウを殺していたでしょう。本当に、申し訳ないです・・・。」 ぐっと拳を固め、表情を暗くするクライヴを困ったようにキャスリンが宥める。 「あなたはそれでもまた旅に出るんでしょう・・・?」 キャスリンの問いにクライヴの表情がさらに暗くなる。 「僕は・・・こんなことがあっても、旅立たずにはいられないんです。こんな危険なめに、あわせたのに。」 「でしょう?ならせめて、謝るのは止してください。あなたがどこにいても私たちが思い出すあなたがそんな情けない顔じゃ夜も眠れないわ。」 ケイトリンがパタパタと走りよってきて、クライヴの前に立つ。 「お父さんは、ケイトリンとお母さんを守ってくれたよ。今度も守ってね。・・・おリボンに、約束。」 クライヴは泣き笑いの表情になり、ケイトリンを抱き上げると、本当の笑顔で「ありがとう」といった。 |
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++++ クライヴは家族で語らい中。ヴァージニアたちは別室で休憩中。 「しっかし俺は今回ほどあいつを恐いと思ったことはなかったね。」 「ちょっとギャロウズ!そんなこと本人の前で言わないでね。」 「いや、そういう意味じゃなく、だよ。あいつ、手を出すのだけは許さないっていったろ。ケイトリンちゃんが嫁さんにでも行くとなったら、手ぇ出した男どうすんだかなーと思って。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恐ろしいことを想像させるな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「今この部屋の温度が5度は下がったわよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、すまん。俺が悪かった。」 そうして夜は更けていく。 ++++ |